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2015年11月 6日

すべてはエネルギー

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好ましいとか好ましくないとか、気が合うとか合わないとか、そういった物質的次元、人柄や性格といった現世的な面とはまったく異なるところで、エネルギーによってすべてが起きて、エネルギーがすべてを運んでいる。


繋がるエネルギーとしか繋がれないし、速度のあう人としか一致しない。
どちらが正しい間違いではなく、ただそれだけのことなのだ。


そこで無理をすれば執着となり、捻じれが生じて思いが邪になる。そこで握ると嘘となり、歪みが生じて苦しみとなる。邪とは人格や性質ではなく、場(人もまた場である)に起きるある種の流れのようなもの。


自我レベルでは共にいたくとも、共にいられぬエネルギーがあり、物質的レベルで共にいなくとも、響きあえるエネルギーがあり、それは自我の望みや期待などをはるかに超えていて、しかし、個を超えるわたしはいつでもそれを知っている。


そう、本当は知っているのだ。
それを見るか、それとも見ないか。
それだけのこと。


真に腑に落ちるとは時に衝撃的なことであり、しかし同時にそれは静かに納得へと鎮まっていく。そうして死んでは生まれ変わる。


人は生きながらにして死に、新たに生まれる。
さて。


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