« 2015年9月 | トップページ | 2015年11月 »

2015年10月の記事

2015年10月29日

愛と美と喜びと

1280px1863_alexandre_cabanel__the_b

香りは音もなく体に響き、思考を超えて呼び起こす
感応することは、官能すること

官能はエロスを呼び覚ます
鳴らされ、揺らされ、生が目覚める

それは、命の力
生きていること

呼び覚まされた生の力は
自在に夢を描いていく

そうしてそこから宇宙が広がる
内と外とが共鳴していく



・・・アフロディテとエロスの香りを創ろう。
そして、プシュケの香りも。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月28日

surrender

P1250098_2


「宇宙に、必要の全てを用意する余地を与えてください」




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月27日

miracleswork

P1250094

喜ぶほどに流れこみ
愉しむほどに溢れていく

宇宙はいつでもそうして回る
次元はいつもそうして拓く


分離しながら融合を味わうという奇跡
融合しながら分離を愉しむという自由


「気づいたね?」



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月26日

Tat Tvam Asi

P1250066_2

響きあう
映しあう

梵我一如


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月25日

思い通りを生きている

P1250059

新たな扉がどんどん開いて、すべてがますます加速していく。
何処に運ばれる?何処へ流れよう?
何処にだって行けるし、何処からでも飛べる。


喜びをただ踊るだけでいい。
内と外とが呼応して、響きあって広がっていく。


今この瞬間にYESと言うだけ。
あらゆる可能性にYESと言うだけ。
それだけでいつも最適が引き寄せられ、いつでも最善が与えられる。


溢れだしては響き渡り、めぐりめぐっては流れこむ。
喜びが至福を運び、至福が喜びを導いていく。


安心して、信頼して、呼吸をするように愛と喜びの循環を生きる。
それだけで、いつだって思い通りだ。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月23日

素直ということ

P1240930

あなたがあなた自身に素直で在るほど、あなたという力は余さずに発揮され、あなたというエネルギーは余さずに表現されて、あなた自身がより豊かに生かされていく。


あなたがただ、あなた自身に素直であることこそ、世界を、何かを、誰かを、そしてあなた自身を、より善く、より快適に、より豊かなものにしていく術だ。あらゆる力は、素直さによって自ずと引き出されて現れる。


現実的な形や物理的な必要は、外側を模索しなくとも、内側に素直になることで自ずと与えられていく。自分の内側、体の奥から響いてくる正直な声を、素直に認めてゆるすだけでいい。そうして素直に求めれば、それは世界に反映されて、最も相応しいものがやってくるし、豊かさはいつでも流れ込んでくる。


いつだって最高を受け取るに値しているし、いつだって最善を受け入れるに値している。素直に認め、素直にゆるし、素直に求めるだけでいい。そうして素直に受け取れば、自ずと循環は広がり、深まり、安心と喜びだけですべては豊かにめぐっていく。


いつでも無尽蔵に溢れ出し、いつでも無限に与えられる。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月22日

Love is...

P1240939

誰かの中に見る優しさは、自らの内にある力であり、誰かを通して見出す愛は、自らの内にある愛で。


自分からの愛と、自分への愛の循環。
それだけで愛は自ずと外へ溢れ出し、他者へと、世界へと、めぐっていく。


愛は呼吸のようなもの。
そして優しさとは、自分を、他者を、世界を信頼すること。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

to the forest

P1250071

森と話をしに出かけた。
時折吹く風に、舞い落ちる木の葉に、鳥の鳴き声に、心の耳を澄ませる。

水にはすべてが映っている。
水はすべてを知っている。
水にすべてを融かしていく。
水にすべてが還っていく。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月21日

Creation

P1240948

今見えているこの世界、人も、モノも、場所も、環境も、出来事も、状況も、状態も、展開も、すべては自分の創造だとすれば、この世界で生きることは、どこまで自分を広げていけるかという実験であり、どこまでゆるせるか、どこまで楽しめるか、どこまで彩れるか、どこまで超えていけるかというゲームかもしれない。


あれも、これも、それも、あの人も、この人も、その人も、あのことも、このことも、そのことも、自ら創造しては、そこにあらゆる色彩を見て、喜んだり、悲しんだり。そうして時には自らの創造を否定したり、拒絶したり。そうしながらも、やっぱりすべてを求めていたり。
すべてが命のグラデーションであり、すべては愛の現れで。


無数の存在が自由に、自在に、無限の色を遊んでいる。
ひとつの意識が無数の無限を眺め、喜び、遊んでいる。


『あなたの内部にあなた自身の神がいるということ、そしてあなたは神の現われであるということを、あなたが認め、その内なる神の偉大な力をあなたが信じる時、あなたは望むものをすべて自分のもとに引き寄せることができるでしょう。』 ― Lise Bourbeau




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月19日

水鏡

P1240956

映し、浄め、鎮めて、還す。
映し、溶かし、伝えて、還る。


水の働き。
水の仕事。


天と地とを渡す力。
めぐりつなげて融かすもの。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月18日

おそれることなかれ

P1240934

わかってもらうため、理解されるため、納得させるために言葉を語る必要はない。あなたがあなたに納得し、あなたがあなたに安心していれば、言葉は自ずと現れ出て、言葉を超えて伝わっていく。


正直な言葉、素直な言葉は、沈黙と同じだけ、言葉を超える力を持つ。それは現実を超え、展開超えて、世界に響いて届いていく。


言葉が何かを起こすのではなく、言葉に力があるのではなく、そこに宿るエネルギーが宇宙に振動を起こし、次なる出来事を導いて、新たな展開を拓いていく。


あなたに備わるあらゆる力はすべて、あなたを通して表され、宇宙に新たな変化をもたらすために与えられたもの。やってくるもの。


だから、あなたの内から現れ出ようとする力をおそれなくていい。


それらはすべて、善悪を超えて導かれ、現実を超えて響き渡り、展開を超えて循環して、宇宙に豊さをもたらしていく。




| | コメント (0) | トラックバック (0)

すべてをそのままに

P1240945

悲しみは悲しみのままに、寂しさは寂しさのままに、不安は不安のままに、理由や原因や何かに結びつけるのではなく、ただそのままに認め、ゆるし、味わうといい。


そうすれば、すべてはただめぐりめぐるエネルギーとして生かされ、還され、死んではまた新たに生まれていく。


悲しみを、寂しさを、不安を、言葉にするならば、ただ悲しい、寂しい、不安だと言うだけでいい。そうすれば、世界はそれを受け止めて、ゆるし、ほどいて、還らせてくれる。


ただありのままに表すだけで、ただ純粋に求めるだけで、助けはいつでも与えられるし、世界はいつでも受け入れてくれる。必要ならば、ただ呼びかけるだけでいい。


あなたがあなたを癒していく、あなたがあなたを解放していく、あなたがあなたに安らいでいく、そのプロセスを世界はいつも手助けする。世界は、宇宙は、いつでも見守っている。


求められればいつでも傍にいる。
わたしが、誰かが、何かが、そしてあなた自身が、いつでも共にいる。
だから、大丈夫。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月17日

香りは祈り

P1240966

その人の内側に流れて見える色彩、その人の向こうに感じる景色を、記号に変えて香りを創る。音もなく立ちのぼっては、うつろいながら流れる香りに、ふわりと包まれる静かな時。


煌めく太陽と温かな土、
香しい花とみずみずしい果実、
そして幾重もの祈りと幾つもの死をこめた、生の香り。


分離を超えて繋がっていく。
静寂のうちに共鳴していく。


言葉では伝えきれないことを、体に届けていく作業。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

ひとつのこと

P1240952

いつだって愛しているし
いつでも愛されているし
ほんとうは、どこまでも愛せるんだよ。


伝えたいことはいつも同じ。


言葉で伝えていくことと
言葉を超えて届けていくこと。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月16日

余さずに求め、躊躇わずに受け取ること

P1240986_2

足りないのではなく、実は余っていることに気付くといい。


飢餓感や乾きにも近い欲求は、真の望みではない代替物で誤魔化し続けているから起きる。どれだけ与えられても足りないのは、それが本当に求めているものではないからだ。


大切なのは、素直に、正直に、求めることだ。ほんとうの声に正直に、ほんとうの望みにただ素直に。そうすれば、いつでも与えられるし、ほんとうは既に与えられている。


正直を余さないこと。本心を偽らないこと。
そうして素直に求め、躊躇わずにたっぷりと受け取ること。


ほんとうに求めるものは、いつでも宇宙が既に用意している。
あなたはいつでも最高を受け取るに値する存在なのだから。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

ODARA

P1240984

何処にでも行ける。何にでもなれる。
どんな風にも変われるし、どんな現実も創り出せる。


いつでも夢中に生きるだけだ。
いつもただただ純粋に。


すべてがODARAになるように、夢中に踊っていればいい。


満ちてやまない喜びが、すべての夢を現実にする。
溢れてやまない祝福が、世界を思いのままにする。








| | コメント (0) | トラックバック (0)

祝福うちに

P1250015

生きて死ぬ、そのひとつつぎの内に、無数の生死が繰り返されている。
あらゆる創造は祝福のうちにあり、あらゆる死もまた祝福のうちにある。


安らぎのうちに抱かれているからこそ、不安を味わい、苦しみを楽しんでいる。
気づいていても、気づかなくても、それを知りながら、それぞれを遊んでいるだけのこと。



『人生は、そのままで喜びであることを認めてください。人生を祝福してください。』
とは、ウィリアム・レーネンさんの言葉。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

ドラマを超える、現実を超える

P1240993

エゴ(自我)が作り出すあらゆるドラマは、抑圧され、蓄積されたエネルギーを用いたある種の創造なのだろう。内側にある本当の望みに正直になれないが故に鬱屈したエネルギーは、歪んだ現実ドラマという形をもって解消されることを求めるのかもしれない。


しかし、どこまでいってもドラマは代替物であり、それはある種の嘘であって、真なる望みを叶える術ではない。だから、どれだけドラマを作り出しても、エネルギーの鬱屈や停滞、抑圧によって蓄積された不満は決して解消されることはない。


それでもなお、ドラマという歪んだ創造も、やはり生命活動であることに変わりはないのだろう。あらゆる生命活動は、エネルギーの表現と循環、そして昇華、つまりは、生まれたものをただ生きては死ぬことかもしれない。


現実というドラマは、それを生み出した本人にしか変えることはできないし、本人によってしか終わらせることもできない。そして、それは他者を巻き込みはするが、介入は拒む。なぜなら、エゴは壊されること、解体されることを怖れるからだ。ドラマが虚構であることをエゴは十分にわかっていて、だからこそ、そのことに気付かぬままいられるよう次々とドラマを作り続けている。


誰かのドラマに巻き込まれないようにするコツは、芸術鑑賞のようにただ眺めることだ。どれだけ歪んだ現実ドラマもまた一つの創造だと考えば、それは充分に可能だろう。


さらに言えば、自分が自分に正直にあれば、他者のドラマに振り回されることはない。自らの肉体にしっかりと安らぎ、本当の望み、つまりは体の声、内なる声に正直にあることで、人はあらゆるドラマを超える意識に還りつき、あらゆるドラマを解体する力を有する。


ドラマを超えていくことは、自分自身へと還ること。
自分自身に還ることは、今をほんとうに生きること。
それは、時そのものとして今を生きること。
それはただ、正直であること。素直であること。






| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月14日

輪舞

P1240943

タロットカードの3番「女帝」と13番「死神」。
今生の根底に流れる通奏低音。


女帝と死神は、エネルギーと物質の番人として循環を司っている。死を与え、新たな生を導くという業。蓄積され停滞したエネルギーを解放し、ゼロへと還すことで、新たな流れは呼びこまれ、循環は活性化する。


既に死んだものや、終わりを刈り取るだけが、死神の仕事ではない。あらゆる終わりに死を与えてゼロへと還し、残された地を耕しては、新たな生の受け入れ準備をするのもまた死神の仕事だ。そうして死神は女帝となり、新たなる命を孕んでいく。そして、新しい誕生と循環を、喜びで迎え入れる。


死と生、終わりと始まりは、ひとつづきのものだ。
すべてのプロセスはみな等しく祝福されている。


人と人とは意図を超えて引き寄せあい、意味を超えて出逢い、交わる。それは、無意識と呼ばれるところに潜むニーズが呼び起こす現実だろう。癒しも、ゆるしも、解放も、ほんとうは個人レベルの関係性の中でこそ、自然発生的に起こるもの。誰かが誰かを助けるのでなく、関係そのものが癒しのプロセスなのだ。


なーんだ。
死神と女帝で良かったのだ。
そして、ずっと昔からそうだったのだ。


どこにいても自然とそれをやっていること、なぜかそうなってしまうことこそが、自分にできる最たる仕事であるというのに、「それではいけない」と否定する自分がいたから、流れを歪めていただけだ。


正直に存在しているだけでいい。
いつでも安心して、ただ素直に楽しんでいるだけでいい。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月13日

呼吸

P1240933

とめどなく溢れ出す悦び。


尽きることなく流れ入る至福。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月12日

聖地にて

P1240932

数年前から惹かれ続けていた聖地へ。


そこにいるだけで雄大であたたかなエネルギーが全身を包み、意識も肉体も沸騰するかのように活性化される。体内にぐるぐると力が駆け巡り、体の奥からとめどなく泉が湧き溢れる感覚。どうやら、地の精霊が歓迎してくれているようだ。

P1240944

燦々と降り注ぐ光、キラキラと舞い降る木の葉。無数のトンボが飛び交い、足元には野花が揺れる。飛沫を上げて流れる小川の水は冷たく澄んで、途切れることのない水の音がすべてを洗い流していく。

P1240958

神話よりも古くから特別な場所として鎮まる地。
言葉を超える膨大な量のメッセ―ジが、肉体にダイレクトに伝わる。

P1240955

すべての地上の仕事は、巡り続ける無限のエネルギーがただこの体を通っては現われていくだけのこと。成すべきは、あらゆる力を通す透明な筒であるこの体を解放し、慈しみ、そうして安らぎ、喜ぶことだ。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月 9日

あなたの中の

P1240841

人の内なる怒りの蓋の奥には、小さな女の子や男の子の姿を感じる。


悲しみをいっぱいに抱えて途方に暮れる幼い少年や
寂しさのあまりどうすればいいのかがわからない幼い少女。


寄り添い、手を握り、抱きしめる。


独りじゃないよ。
そばにいるよ。
あなたがあなたに寄り添えるようにね。




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月 8日

ドリームタイム

222

現実というドラマが自ずとほどける夢の時空では、すべてが自然に起きては運ばれていく。


関わるすべての人、共にいるあらゆる他者は、相手でありながらわたしであり、わたしが最も快適な夢の状態に安らいでいるとき、相手もまた自然と同じ意識状態に共存している。夢の時空に共あるとき、必要はすべて自ずと生じ、あらゆる循環と癒やしもまた自ずとやってきては流れていく。


「ドリームタイム」という言葉をふと思い出す。アボリジニと呼ばれる人々に受け継がれる意識。日常という現実、この三次元的世界に重なるようにある「ドリーミング」の意識。それは、眠っている間に見る夢だけを指すのでなく、目覚めながらにして見る夢の次元も指す言葉。


夢の時空はいつでも、現実からほんの僅かにずれたところに重なっている。それは、あらゆる物理的制限から解放された、永遠の静寂にも近いところかもしれない。


わたしとあなたがほどけるところ。あなたと誰かがほどけるところ。あれとこれとがほどけるところ。此方と彼方がほどけるところ。過去と未来がほどけるところ。現に重なる夢の世界では、あらゆる分離や制限を超えて、すべてがほどけて形を変える。


ドリームタイム。
夢の世界へようこそ。





"the most beautiful sound next to silence"
...well, let a beautiful dream come to you tonight.





| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月 6日

宝石について

Hopespinel01
                                   (Photo: Bonhams)


宝石は地球の言語、地球からの応答なのだと、シュタイナーに詳しい友人が教えてくれた。それは、人間や生物の活動に呼応して地球が作り出すものなのだと。


その美しい考え方に深く共鳴する。美を祝福し、賞賛する人々の純粋なる求めに対する地球からのレスポンス。宝石は、所有を超える人類の共有財産だと思う。


地球と我々の肉体はマクロとミクロのような関係で、内側と外側とで呼応している。地球にあんなにも美しい宝石や鉱物が内包されているということは、わたしたちの内側にもそれと同じだけの美しさがあるということだ。誰しもがその内側にさまざまな宝石を内包している。それは、まさに奇跡だ。


地球に内包される奇跡も発見されなければ存在しない。鉱物として発掘され、削られ、磨かれて宝石となり、その美を喜び、賞賛する人々によって様々に価値を見出される。人の内なる宝石も、発掘するかどうか、研磨して美しい宝石にするか、それとも原石のままに愉しむかは、それぞれではあるだろう。


枯渇しそうでいて決して枯れることはなく、尽きそうでいて尽きない地球の奇跡は、もしかしたら、人類共通の喜びのために地球が用意してくれているのではなかろうかと妄想する。
一部に所有され、独占されるためではなく、広くわかちあわれ、賞賛され、喜ばれ、共に祝福される美の象徴としての、人類共通の夢としての宝石という奇跡。




画像の美しい薔薇色の宝石は、オークション会社Bonhamsのサイトにあった50.13カラットのスピネル。あの有名なホープダイヤと同じ持ち主が所蔵していたもので、人から人の手に渡った後、98年ぶりに姿を現したとのこと。9月24日にロンドンで開催されたオークションで落札されたのだとか。宝石は、物語とともに時を超えて世界を渡っていく。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

エメラルドの夢

12107111_891368494283123_5683129972
                        (Photo:Sotheby's)   

エメラルドを見ると、なぜかエリザベス・テイラーを思い出す。


彼女が身に着けていたエメラルドとダイヤモンドのそれはそれは豪華なジュエリー(彼女が唯一2回結婚した夫リチャード・バートンから贈られたもの)は、確かブルガリのものだったけれど、こちらはハリー・ウインストン。11月11日にジュネーヴで開催されるサザビーズのオークションに登場するというネックレス。


いずれにしても、贅沢の極みとはまさにこのこと。


最近またエメラルドが気になって、時々身に着けている。とはいっても、小さなエメラルドとダイヤモンドが並ぶささやかなピアスだけれど。年を重ねるにつれ、惹かれる石も変化する。


クレオパトラが愛したとも言われる美しい緑の石。高い透明度と深くて鮮やかな色を有する最上級のエメラルドに、どんな夢と物語を描いてみようか。




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月 5日

Blue Moon Diamond

Bluemoonsquare480_3
                                 (Photo:Tino Hammid)



「The Blue Moon」と名付けられた世界最大級のブルーダイヤモンドが、11月11日にジュネーヴで開催されるサザビーズのオークションMagnificent Jewels and Noble Jewels」に登場するという。


12.03カラット、インターナリーフローレス、ファンシービビッドブルー。
まさに奇跡の美しさ。


宝石は、この地上の奇跡。
それは、地球からもたらされるこの上なく美しきメッセージ。






| | コメント (0) | トラックバック (0)

beyond the mind

P1240889

超えていくことを思いながら、既に超えていることに気づく。
いつだって、思わぬところで超えているし、思わぬカタチで超えていく。


線を描いて見える時間も、思わぬところでほどけて溶ける。
あなたとわたしという分離もまた、思わぬカタチでほどけて融ける。


いつも、いつでも、超えていける。
Transcend yourself, go beyond the mind.



| | コメント (0) | トラックバック (0)

violet dream

P1240908

surrounded by violet
dreaming a violet dream


ここ数日、紫の花に囲まれている。
幼い頃から大好きな色。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月 4日

感情というリソースを

P1240892

感情は、焚きつけるものでもなければ、抑圧するものでもなく、魂の望みを現実に生きるために活用できるエネルギーであり、感情によって人は自らを知り、違和を発見し、世界のあらゆる豊かさを味わうことができる。感情もまた互いに贈与され得るリソースで、それは肉体によってもたらされる贈り物だ。


肉体がもたらす感情というリソースを、生じるがままに表現し、贈りあい、分かち合う。そうして感情を味わい、楽しみ、喜び、祝福すること。あらゆる感情は、この世界で生きることを、ここに存在することを、それはそれは豊かなものにしてくれる。それは、わたしという幻を浮かび上がらせてくれるもの。


脳もまた肉体であり、無限のイマジネーションを描き出す奇跡の装置。あらゆる制限を超えてイメージは広がり、描かれたイマジネーションが現実を創り出していく。そう思うと、この世界において、魂の望みどおりに生きるためのリソースは全て、生まれながらにして与えられている。


肉体という奇跡への感嘆は、決して尽きることはなくて。肉体という神殿に安らぎ、肉体を愛して委ねることは、あらゆる望みを現実として生きることの源。自分を生きるとは、そういうことを言うのだろう。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月 3日

beautiful world

P1240845

絶対的な正しさなど何処を探しても見つけられるものではなくて、誰もが、いつもが、何もが、全てが、それぞれに正しいというグラデーションで世界は成り立っている。そしてまた、それは常に、常に、揺らぎ続ける。


地上の世界、此処はうつろい続ける無限の色彩。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月 2日

素直に生きるということは

P1240870_2

終わったら、自然と始まっていくものだ。
終わりをしっかり手放せば、始める力が湧いてくるものだ。


いつも、いつでも、目の前で起きていることにYESと言うだけ。そうすれば、次なる扉は自ずと開く。スムーズな時のみならず、停滞も、休息も、すれ違いも、衝突も、始まりも、終わりも、あらゆる変化も、素直に今を生きるだけだ。


体に流れる時を生きること。
体に在り、体に安らぎ、今を夢中に生きること。
それはまた、あらゆる時間を超えること。
体と一つに在ることは、世界と、宇宙と一つであること。


素直に生きるとは、そういうこと。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年9月 | トップページ | 2015年11月 »