萩原朔太郎について
蛤のやうなもの、
みぢんこのやうなもの、
それら生物の身體は砂にうもれ、
どこからともなく、
絹いとのやうな手が無數に生え、
手のほそい毛が浪のまにまにうごいてゐる。
あはれこの生あたたかい春の夜に、
そよそよと潮みづながれ、
生物の上にみづながれ、
貝るゐの舌も、ちらちらとしてもえ哀しげなるに、
とほく渚の方を見わたせば、
ぬれた渚路には、
腰から下のない病人の列があるいてゐる、
ふらりふらりと歩いてゐる。
ああ、それら人間の髪の毛にも、
春の夜のかすみいちめんにふかくかけ、
よせくる、よせくる、
このしろき浪の列はさざなみです。
桜の花が咲く季節になると、萩原朔太郎の詩を読みたくなります。
彼の詩に初めて触れたのは、確か中学生の頃でした。
怪しいほどに美しい言葉の連なりに心奪われ、それが示す意味を理解するより先に
彼の詩に触れると、言葉というものは綴り方によってこうも姿と色を
そして、心の奥の闇の部分、誰もが時に抱く不安や憂鬱、孤独感などを
美しさの裏側にある毒気に当てられそうになりつつも、つい読んでしまう。私は彼の詩が大好きなのです。
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