2010年1月27日

蝶を追って

この数ヶ月、何度か蝶の夢を見ている。同じ蝶が夢に現れるのだ。

それは大人が両手を広げたよりも、更に大きな黒いアゲハ蝶。真っ黒ではなく、その羽には目にも鮮やかなオレンジ色とマゼンタ色が散りばめられている。

過去のブログ(蝶に導かれて -死を思うということ- 2009.3.26)でも書いたが、私は子供の頃から理由もなく蝶が怖い。最近は少しずつ免疫ができてきたのか(なぜか私の周囲には蝶好きな人が多い)、写真や絵ならば怖くはなく、少しずつ「美しいな」とも思えるようになってきたが、実物の蝶が飛んでいるのを見かけると、やはり怖気づいてしまう。

もちろん、夢の中でもやっぱり私は蝶が怖い。なのに、夢の中の私は、なぜかその蝶から目が離せない。
そして、昨夜はとうとう、蝶と話をしてしまった。いや、実際には言葉で会話をしたわけではないのだが、私には蝶の思いが僅かに分かってしまったのだ。

そこは、18歳まで家族と共に暮らしていた家だった。私は一人で軒先から空を見上げていた。どうやらさっきまで雨が降っていたようで、辺りはうっすらと水気を帯びている。空は淡い青にほんの少しだけ灰色を混ぜた薄曇り。不思議なことに、そこには黄色味を帯びた真ん丸なお月様がぽっかりと浮かんでいて、それはそれは美しく輝いていた。

と、そこへ以前にも夢に現れた大きな大きな黒い蝶が、まるで月から飛んできたかのように空を舞って現れたのだ。ふわりふわりと羽ばたきながらこちらへと近づいてくる蝶を見つけて、私はすぐに家の中と逃げ込んだ。そして、蝶が中へ入ってこないよう、慌てて扉を閉めたのだが、どういうわけか蝶は扉の僅かな隙間をするりとすり抜け、家の中へと侵入すしてしまうのだった。私は焦って部屋を通り抜け、隣の和室へと走る。そして襖を閉めながら、蝶の様子をうかがっていた。

黒い蝶はガラス戸にとまった。まるで呼吸をするように羽と身体をゆっくりと動かしている蝶。盗み見をするように、その姿を見つめる私。大きな羽の先でゆらゆらと揺れる、鮮やか過ぎるほどのオレンジとマゼンタから目が離せない。

じっと見つめているうちに、その蝶がまるで小さな妖精(妖怪)のようにも見えてきた。そして、何故か(そもそも夢の中の出来事は全て不可解だ)、蝶が女性であることが分かるのだった。

そう。蝶は「彼女」なのだ。
彼女は私に会いに来ている。夢の中の私はそう確信していた。


そんな夢を見て目が覚めた。あんなにも怖がっている蝶の夢だというのに、目覚めは決して悪くなかった。そして、鮮やかなオレンジとマゼンタを伴う黒い羽、深く呼吸をするように動く大きな羽と身体が、夢ではなくまるで現実のように、しっかりと頭に焼き付いていた。

蝶は、一体私に何を伝えたくて現れるのだろう。彼女はなぜ、私に会いたがっているのか。
あれからずっと蝶のことが気になっている。
蝶の姿が頭から離れない。実際に見たかのように、その姿を細部まで思い描くことができる。

そうして、夢の中の蝶を思い続けていると、なんだか自分が夢と現のどちらにいるのかが曖昧になる。どちらも現で、どちらも夢なのだろうか。もしかして、私はずっと夢を見ているのだろうか。



ふと、荘子の「胡蝶の夢」を思い出す。


昔者、荘周夢為胡蝶。
栩栩然胡蝶也。
自喩適志与。
不知周也。
俄然覚、則遽遽然周也。
不知周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。
周与胡蝶、則必有分矣。
此之謂物化。

昔、荘周は夢で蝶になった。
ひらひらとして胡蝶そのものであった。
自然と楽しくなり、気持ちがのびのびしたことだった。
自分が荘周であることはわからなくなっていた。
にわかに目覚めると、なんと自分は荘周であった。
荘周の夢で蝶になったのか、蝶の夢で荘周になったのかはわからない。
しかし、荘周と胡蝶とには、間違いなく区別があるはずである。
こういうのを、「物化」というのである。
 



夢で出会う黒い蝶に、私は一体何を見ているのだろう。実際のところ、明確な答えは見つからないことも分かっている。答えなど必要はないとも思っている。ただ、それを考えながら日々を過ごすことが今は楽しい。次に彼女と会えるのはいつだろう。彼女は何処から来て何処へ帰るのだろう。彼女は何か伝えようとしているのだろう。


今われらは鏡をもて見るごとく見るところ朧なり。
されど、かの時には顔を対せて相見ん。
今わが知るところ全からず、されど、
彼の時にはわが知られたる如く全く知るべし。
                【コリント人への第一の手紙 13章より】




晩年のビル・エヴァンスの動画を繰返し見ている。彼が本当にこのトリオを愉しんでいたのだということが伝わってくる。彼の音楽を20年近く変わらずに聴き続けている。生きるための杖。美しいと言うほかに表現できない美しさ。
『The Days of Wine and Roses』Bill Evans, Marc Johnson, Joe LaBarbera




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2010年1月19日

生き死にについての独り言

生も死も考えれば考えるほどにますますわからず、むしろそれらはわかり得るはずなどない正に摩訶不思議であり、「生」は今この瞬間に見ている夢であり、「死」はいくら思えども体験し得ない永遠の謎。どちらに価値がある訳でもなく、ただ死ぬまで生きているということなのだなぁ、などと、考えているようで、ただ上っ面を辿っているだけのような、そんなことをつらつらと思いながら過ごした一日。(仕事はちゃんとやりました。)

私は昔から「死」に惹かれてやまない。それは 「死」に憧れるということではなく、「死」にひたすら興味が尽きないということだ。「死とは何なのか?」とただただ不思議で、だからこそ無性に気になって仕方が無い。死の匂いのするものに惹かれ、いろいろと覗き見をしてきてきたように思う。(しょせんは覗き見程度であり、なんら知るわけでも、気づくわけでもなく。)幼い子供は「死」に恐れや悲しみなど抱かないし、ただ純粋にその不思議に興味を示すのではないかと想像する。私はそれと同じように「死」が気になって仕方が無く、だから死の気配がするものに無意識的に引き寄せられたりもしてきたのだ。

近親者などの身近な死に触れるごとに、その不思議はより一層不可思議さを増し、己の死を思えば思うほど、今度はここにある生が不思議で仕方が無くなる。
その無限ループに飛び込むのが面白いということもある。

「死」の謎は、思えば思うほど果てしなく面白く、そしてそれはどこかしらで「生」へと引っくり返り、ここに「在る」という事実に驚かずにいられなくなる。生きているとは一体どういうことだ?という不思議に辿り着くのだ。生も死も、何も分かっていない。分からない。知る由もない。全てはただ謎なのだ。


死を思えば生に辿り着く。生にしてもまた同じ。まるで夢を夢見ているような、もしくは目覚めたままに夢を見ているような、なんとも奇妙な不可思議だ。そんな不可思議な無限ループに思いを馳せていると、「私」という根拠なき根拠も忘れ、ただ宇宙だけがあるような気がしてくる。そして多分、それは正しいのではなかろうかと予感してしまう。

ただ「在る」のだ。そして、其れは此れなのだ。このことをどう言葉にすればいいのだろう。
私はこのことを説明する言葉を持っていない。

そういえば、いつもいつも見上げ続けている私の大切な星、マザー・テレサもエリザベス・キューブラー・ロスも、死に寄り添い、死を思い、死を考え続けた人達だったのだと気づく。「死」を見つめ続け、「生きるとは」を問い続けたということ。

死ぬまで生きているということと、生きながらにして死ぬということ。その間中、死と生を問い続けるということ。言葉にしながらも、自分でもよく分かっていない。自らの言葉の意味が分からない。それはつまり、そのことそのものが分かっていないということだ。生も死も分からない。一切が不可思議な謎だ。だから考え続けることが面白くて仕方がないのだろうと思う。


瞬間ごとに己の死を思いながら生きれば、おそらく人は迷いも悩みも苦しみもしない。『死を思え』とはそういうことなのではないかとも思う。「死とは何か」を考えることはつまり、「生きるとは何か」ひいては「『私』とは何なのか」を問うことなのだから。

まだそこにある扉を見つけたばかりだ。ずっとずっと気になって仕方がなかった「死」ということを、もっともっと考えていこう。それは翻って「生」の奇跡を思うこととなる。

それこそは善く生きるための原点であるはずだ。


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〔1/20 追記〕

過去にもいくつか生き死にについての独り言を書いていることを思い出しました。

祖父の死(2007.12.8)

蝶に導かれて -死を思うということ-(2009.3.26)

私が考えることなど、所詮、てなもんです。
もっともっと垂直的に。考えたい。考えていたい。
どこから沸いてくるのか、その欲は尽きそうにありません。



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2010年1月13日

Haiti -Caetano Veloso- 

ハイチという国があるということを、この曲で知った。カエターノ・ヴェローゾが歌う「Haiti」。
そこで、どのような行為が繰り広げられ、どのような苦しみが続いてきたかを少しは知ったが、知らないことの方が圧倒的に多い。分からないことばかりだ。

独裁政権による恐怖政治、などと言葉を追うだけでは、あまり遠くて何も分からない。
ただ、そこには、誰しもが内に秘めている人の愚かさが透けて見える。



「ハイチはここだ。 ハイチはここではない。」



どうか人が希望を失わず光の内を生きていますようにと祈る。




〔1/15 追記〕
【Think The Earth】プロジェクト ハイチ地震被害 緊急支援情報

Yahoo!インターネット募金「ハイチ地震救援金」

こちらのブログで知りました→* Gadged bag *



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2010年1月 8日

恋慕渇仰

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年が明けて間もなく、人との会話や、たまたま目にした文章などに導かれ、巡り巡るそれらの連なりを追いかけていたら、小林秀雄に辿り着いた。

初めて小林秀雄の本を手にしたのは10代の頃か。あの頃の私にとって小林秀雄の文章は、並ぶ言葉は確かに目に写っていたというだけで、ただそれだけでしかなかった。そこに書かれた言葉の、文の、意味ばかりを追いかけた。しかし、私の頭脳(思考?)がまったくもって追い付かず、 ひたすら置いてけぼりを食らうばかりで、とうとう読むのを辞めてしまった。ただただ私が未熟だった。

しかし、今再び出会い、私が彼の言葉に感じたものは彼自身だ。一語一語、一句一句、言葉の合間にさえも、そこには小林秀雄自身が在る。どんなに僅かな断片にすらも小林秀雄の魂が、精神が、人生が、確かに存在しているのだ。項を開けばそこに、小林秀雄という人物の全てが立ち現れる。そして私は彼の魂に強烈な恋をしてしまった。それは永遠に叶うことのない純粋なる片思いだ。

彼の魂が醸す色、におい、感触、音を知りたと欲し、その全てを己に取り込んで融合したいと願う。全てを食いつくしてしまいたいと思い、挙句には彼と同化し、自分が彼自身となってしまいたいとまで考える。これが恋でなくて何であろうかと思う。そうだ、強烈な恋だ、と深く腑に落ちる。私は彼の全てを食べたいのだ。それは、とてつもない魂の食欲さだ。


そして私は、小林秀雄のみならず、数々の素晴らしい表現者達についても、同様の深い恋慕の念を抱いてきたのだと初めて気付いた。

その恋は、所謂「恋愛」とは異なるもの。そして、「恋愛」に必然的に付随する羨望や嫉妬などとは無縁のものだ。いつまでも永遠に仰ぎみて、強烈に求め続ける純粋なる永遠の片恋。それは法華経にある「恋慕渇仰」に近い。精一杯両手を広げて仰ぎ、ずっとずっと生きる限りに求め続けるという行為だ。

だからこの片恋は、じっと叶えられことを待つそれではなく、行動することを余儀なくする。「恋慕渇仰」とは、小さな我欲を投げ打ち、己をそこに捧げ出して、ただただ必死に純粋に求め生きること。であるならば、行動あるのみだ。


読まねばなるまい。聴かねばなるまい。見ねばなるまい。這いつくばってでもそのかけらを広い集め、それらの断片の一つ一つを、ただただ有難く受けとり続けるのだ。そう、この熱烈なる恋慕の想いの後ろを裏打つものは、その存在への深い深い感謝の念である。


頭上に見上げる遥かなる世界と、自らの足が踏みしめている此処と。その天と地ほどもある圧倒的な距離に恐れをなし、時に絶望を覚えつつも、それでも諦めきれずに瞬間的な飛躍を繰り返し試みる。 力いっぱい地を蹴り上げ、できうる限りに手を伸ばし、その雲の切れ端を僅かでも掴めないかと試し続ける。

その原動力は、自己過信や自惚れなどではな い。頭上の世界など、己には届かぬ場所であることは腹の底で十二分に分かっている。ただ、僅かでも垣間見たいのだ。一瞬だけでも、爪先だけでも、そこに触れたいのだ。その世界に住まう人々の精神のかもす空気を僅かでも掬い取り、魂の匂いをかぎたい、ただそれだけだ。

だから、彼等彼女等がそこかしこに残した足跡を、一つ発見しては歓喜に涙し、一つ辿っては感謝に涙するのだ。有難い、ただ有難いという深い感謝の念と同時に沸くのは、だからこそ永遠に腕を伸ばし続 けていたいという根深い欲求だ。

多分、私は死ぬまで届かぬ跳躍を繰り返すのだろう。そして、それこそが私を前へと進める大きな推進力だ。

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2010年1月 3日

Johann Sebastian Bachに思う

年末に知人から「日本語に訳して」と言われ、イタリアのチェリスト・パオロ・ベスキがバッハについて語る動画を見た。

動画の中でパオロ・ベスキは、(彼の個人的な感覚として)バッハの曲の中には全てがあると語っていた。バッハの音楽には光や力だけでなく、痛みや寂滅まで、それらの全てがあると話している。また、バッハの譜面には、そこにある何か、そしてそれは同時にそこに在り続ける何か、そういう感覚を覚えるとも語っていたように思う。

あれから毎日少しずつではあるが、バッハを聞き続けている。この新年はバッハと共に迎えた。今日もバッハを流してみた。イギリス組曲、フランス組曲、そして無伴奏チェロ組曲。以前から、バッハの音楽は空間を浄化するように感じていた。空気の粒子のキメが整い、部屋中の’気’が精錬されるされるような、邪気が鎮まるような、そんな気がするのだ。そして多分それは本当にそうなのだろう。

陶芸家の丸山陶李さんがこんなことを教えてくれた。
「バッハは神さまと直接話をできた作曲家と言われ、彼の自筆譜はいずれにも冒頭に”Jesu Juva”(イエスよ、助けたまえ)、末尾には”Soil Deo Gloria”(神のみに栄光あれ)というサインがなされている。彼は自分の栄誉を求めず、音楽を神に返したのだ。」

バッハの音楽は美しい。無駄がないのに全てがあるという完璧な美しさ。そして響きの美しさのみならず、その奥には、もっと精妙で、非常に雄大な、目に見えない世界の美しさを湛えている。それはきっと、そこにバッハという人の無私の魂が存在しているからなのだろうと考えていたのだが、それは間違いではなかったようだ。彼の音楽は純粋な祈りであり、神への捧げものなのだということを確認できたのは、とても嬉しいことだ。

バッハの音楽はこの世界の全てに対する賛歌であり、それはつまり、創造主への賛美だ。

パオロ・ベスキの言葉を借りるなら、バッハの音楽は宇宙の全てを明らかにする。

そういえば、バッハは自筆譜が非常に美しいことでも知られているのを思い出す。私もしっかりと部屋の壁に飾っている。小さなポストカード大のものなのだが、それはまるで繊細に描かれた線画のようで、眺めていると、流麗な形状を示す音符そのものが美しい旋律を歌っているように思えてくる。音符自体が喜んでいるかのようなのだ。

バッハの音楽は大好きなのだが、まだまだ聞いたことのない曲がたくさんある。
もっともっとバッハを聞こう。それが2010年最初の、小さな私の決意になった。


それにしても、グレン・グールドの映像は楽しい。




《独り言》

微塵も無駄のない必然のみの美の中に
全てを包括する完璧なる宇宙の美がある

久々に読み返している萩原朔太郎の詩
偶然出会った川瀬敏郎さんの花
長年聴き続けてきたバッハの音楽

そういえば
風の旅人』公開トークでお話を聴いた
細江英公さんや森永純さんの写真も

そこから導かれて出会った
大野一雄さんの舞踏も

全てがそうだと改めて気づく

ふと
数年前に買った際iPodに刻印してもらった
【macrocosm microcosm】
という言葉が心に浮かぶ


大宇宙と小宇宙



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2010年1月 1日

TravessiaとLa Stradaと

年が明けてすぐに、赤坂は日枝神社へ新年のご挨拶に出掛けた。大勢の人でにぎわう境内には、夜中だというのにたくさんの出店。その中に手相観の小さなテントが二つあるのを見かけた。わいわいと楽しそうに順番待ちをする若者達のグループ。

ふと、その様子を見て、自分の気持ちがふいに解けたような気がした。いろいろと迷い悩んでいたけれど、もう一度、セラピーでも占いでも、はたまた違う形であっても、
また機会があれば始めてみるのも悪くはないな、と思えた。

本当にやりたいことと、求められること。それらはどちらも大切なのだ。人に必要としてもらえるのならば、それに関してはあまり頑なにならず、自分だけの理想を厳しく突き詰めすぎずに、シンプルにやってみればいいのかもしれない。それとは別にもっとやりたいことがあるのならば、それもまた同時にやっていけばいいのだ。そんな考えが心に浮かんだことに、自分でもほっとする思いだった。

カラーセラピーを一旦休むことにしたのには、いくつかの理由があった。ここ数年で世間に広まった「スピリチュアル」 という傾向にいまいち同意が出来ず、またセラピーやヒーリング業界(とでも言えばいいのかな)特有の空気が苦手で、距離を置くことにしたというのも一つだ。「癒し」という考え方が、ずっと疑問だった。癒しは誰かから与えられるものではない。自分こそが唯一、自分自身を癒せるのだ。

だけれど、その自身の癒しのきっかけとして、また一つの対話の手法として、セラピーや占いを用いるのは、悪くはないと思い直す。

カラーボトルもカードも、その背後にある共時性を読み取るためのツールだ。それ自体に意味はない。それが選ばれた理由となる「対象」が存在してこそ、ツールは初めて役に立つのだ。おみくじの言葉は、いつも不思議と人の心を納得させる。それと似たようなことが占いでもセラピーでも起きているだけのこと。

そう考えてみれば、決して悪くはない。 名目は占いでもセラピーでもいいのだ(でも、「ヒーリング」はやっぱり個人的に少し違う気がする)。私が行っていきたいことの基本はヒアリングであり、真摯な対話だ。 その軸さえ自分の中で揺るがなければ、そう頑なにならなくてもいいかな、思えるようになった。

エンターテインメントとしてのセラピーや占いは、出来ればやりたくないというのが、私の中の結論だったのかもしれない。ヒアリングと対話。出来ることなら、自分をただの筒にして、天に問いかけ、天から授かるような言葉でもって、そこに見えた共時性を伝えることができればと思う。けれど、それにはまだまだ修行が必要だ。

そこで、また気づく。そのために私は、一度全てを裏返しにしたかったのかもしれない。このままでは生きていることのバランスが取れない、という焦燥感は、そういうことだったのかと納得する。今年は全てを裏返しにしていく年だ。そうすれば、これまでとは異なる在り方で’対話’が出来るようにも思う。

私にとっての修行とは、精神統一や瞑想ではなく、もっと現実に根ざした根底的な欲求を生きることだ。これまで、あまり肉体を使わずに生きてきたように思う。全身で全力で全ての感性をフル稼働して、「今ここ」を生きてみなければ、きっとバランスが取れない。それに必要なのは、やりたいことをただ無心にやるということだ。

人の心が見たい、人の心に触れたい、と思いながら生きている。人の心の奥にある、絶え間なく沸き続ける美しい泉のようなもの。それが何かは分からないが、僅かに垣間見れるそれを感じたくて、生きているような気がする。だから私は対話が好きなのだ。そして、できればその人自身にも、その泉の純粋さと美しさを伝えたいというのが私の欲求だ。

だから私は言葉が好きなのだな、と改めて思う。もっともっと空洞の、ただの筒になれるように。やりたいことを、ただただ無心にやっていこう。

きっと私は、痛みもなく殺されたのだ。素晴らしい音楽に、写真に、花に、言葉に。血を流すことさえなくスッパリと切られた心は、その内側を表にし、全てを曝け出して、きっと一度空っぽになるのだ。



日枝神社からの帰り道は途中下車をして湯島天神へ。そのまま歩いて上野弁天堂へ、そして五条天神を巡って帰ってきた。ふと見上げた空には眩しいぐらいに輝く満月。しかし、その左下が僅かに欠けていた。そうだ、月食だった、と思い出す。

そのまま目を逸らすことが出来なかった。月があまりにも近くて、まるで手が届きそうなほどだった。その眩い光をずっと見つめながら帰ってきた。

迷い悩んでいた数ヶ月前が嘘のような、晴れ晴れとした気分だ。何も変わりはしないけれど、心の在り方が変われば世界は変わる。相変わらず生きるのに精一杯だが、それでもまた、新たに始めていこうと思う。

清清しい元旦。全てに感謝。
みなさんの心にも新たな希望がありますよう。

20100101_2_3  



《独り言》

気づかされているようで、実は生まれたときから知っている。
与えられているようで、実は既に自らの心に備わっている。
導かれているようで、実は自らの意志で進んでいる。

もしかすると、人生はその繰り返し、積み重ねなのかもしれないと思う。

一つ一つ己を確かめるための旅。
Paraiso3copy
そこに起こる、数々の交差。
目指すのは、遥かなる越境。

「Travessia」と「La Strada」と。
目の前には舞い飛ぶ蝶。見上げればそこには天使。

 




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2009年12月31日

時になるために

できうる限り自我を脱ぎ去り
己の余分を削って削ってそぎ落として

ただただ純粋な魂になれるのならば
それは即ち時間になるということだ

時間になりたいと願う心がここにある
ならばそのために生きようと思う

一生を通じてただ一つの何かのために
生涯を無駄にするという生き方
そんな贅沢な生を全うすることはできないけれど

せめてこの生の中の一瞬にだけでも
その世界を垣間見ることが出来るように

死ぬ間際にその瞬間をふたたび噛み締め
あぁ、納得だと言えるように

己の魂の充足のために
全てを行動していきたいと思う



2009年も多くの方々に助けられ、力をいただき、気づかされ、教えられ、お世話になり、優しさをいただき、愛をちょうだいし、背中を押してもらって、生きてきました。

いつもそこにいてくれる友人と家族、実際にお会いできた方々、一方的に知るのみの方々、全ての人に改めて感謝の思いを届けたいと思います。届くかな、届くといいのですけれど。

ありがとうございました。どうか、全ての人の元に感謝の欠片が届きますように。

そして、みなさんにとって2010年もまた、喜びと実りに満ちた素晴らしい一年でありますように。みなさんの心にいつも、愛と、希望の光と、美しい調和がありますように。

心からお祈りいたします。



今日の音楽。この人の音楽は天からの贈り物だと思う。


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2009年12月30日

いのちのかたち

美しくありたいと思う。

物体として美しくあるために努力するということではなく、いつか死を迎え、この身体がただの肉の塊になる時、そこにもし、肉体を脱いだ魂の欠片が一瞬でも漂うのであれば、その形も音もないただの’あわい’が、できれば美しいものであるように。そう生きていきたいと思う。

花人・川瀬敏郎さんの生かした花の写真を見ていたら、そんなことが心に浮かんだ。

本当に美しいものには、そこに意味など必要がない。むしろ、意味を求め続けている限り、本当の美しさなど見出すことはできないように思う。そうであれば、死ぬ間際、真に美しくありたいと願うならば、意味など持たない人間であらねばならぬということだ。


川瀬さんの言葉を引用させていただく。

 【花は、いのちのかたち】   

日本で「ハナ」といえば、古くは桜をさしますが、ハナは桜ばかりではなく、バラやチューリップ、そして一見、花を咲かせない松も、私たちはごく自然にハナと呼んでいます。しかしそれは、ハナが単なる植物の花をさすだけではなく、その奥に息づく「花なるも の」を、ハナと言い表わしてきたからです。

花なるものとはズバリ「こころ」です。したがってハナとは「こころの言葉」の代名詞なのです。日本の花がフラワーを形態的にアレンジするものではなく、 世界で唯一、「いける」という言葉を使ってまで言い表わそうとした花を生みだしたのも、花が日本人にとって「こころ」=「いのちのかたち」だったからです。
       
野を歩いていても自然は、心の声に満ち満ちています。何でもない道端の野の草に自己が投影され、花が自分自身の肖像画を描く。自然が単なるネイチャーではない証です。その自然をいけることで花に新たな心が宿り、その心が自然を豊潤にする。

「いける」ことは「生きる」ことです。人が生き続けなければならないように、花もいけ続けられて心の花となって生かされ、自然に帰っていく。その積み重ねを通じて、人と自然は輝きあうのです。   


川瀬さんの言葉にはひとつの嘘もない。 この方はきっと、ご自身の内にずっと存在していた真実を、花を通して何度も何度も思い知り、確認され、そしてその体験から得た言葉でもって、ただあるがまを語っておられるのだろうと思う。

川瀬さんの花には、微塵も無駄がない。なのにそこには宇宙ほどの全てがある。

だから、その花は時に分かりやすい表情をしていないことがある。近寄りがたかったり、畏れを感じさせたりもする。けれど、一目見るだけで、その花は一寸のブレもなく心に焼きつく。心から決して離れない。きっとその瞬間、私の心は痛みもなく殺されている。

そして、「分かる」などということ、つまり分かろうとすることなど、ひどく傲慢なただの思い上がりであると思い知らされるのだ。

どの花を見ても、全てに川瀬さんの内にある宇宙が見える。不必要を一切排除した、必然のみで新たな命を生きる花の中に、全てを包括する宇宙がある。

その美しさは、決して安易な優しさではなく、時に非常な厳しさをも突きつける。
けれど、美で心を血も出ぬように殺されることは、実のところ、この上ない喜びであるはずだ。

痛みもなく、己も気づかぬままに心をすっぱりと切り開かれ、血も流さぬまま殺される。それこそが真の芸術の力だ。殺されることで、新たに生きる己が在る。それも、自覚せぬまま、瞬間的にそうさせられてしまう。そういう力を持つ表現こそ、普遍的な価値のある表現であり、芸術と呼ぶべきものだと思う。殺すことで、生かす。殺すという壮絶な罪を受け入れ、生かすことにのみ己の全てを捧げだす。その覚悟を引き受け、ただ己を粉になるまで砕ける人こそが、真の芸術家と呼ばれる存在だ。


 【日本人の分母は「自然」】

かつて、川端康成がノーベル文学賞を受けたときに、「美しい日本の私」という講演をしました。これは 結局自然という分母の中に、四季を通じて永遠に「美」としての「私という点」を打ち続けていく、その私が実は「日本の私」であるということです。四季が人間の一生を表わし、四季と共生していく中から美という独自の心の境地を生みだしていった。
      
その「美」というのは、ある種の「殺人者」だと、私は思っています。たとえば、茶席では初座を終えて、後座の席に初めて一輪だけ花が入るのですが、茶席のにじりロから見上げたときに、清らかな花が一輪、床の間の中心に打ち入れられている。それが心の真ん中に飛び込んできたとき、一輪の花でずぱっと心の扉 が切り開かれ、死んだともわからないほどに殺される。殺されることが、美として生きたことになる。血も流さず、まるで何ごともなく、清らかなものを見たと 思えてしまうほどの、刺し傷をひとつも残さない花、それが千利休が教えた詫び茶の湯の「一輪の花」なんです。
      
利休にはなれないけれども、心の扉を開く一輪の花をいけたいと思うなら、「花をならう」のではなく、「花にならう」こと。花をならうことは単にスタイルをならうだけで、それではその人の人生や品性を表わす花にはなりません。本来の「花をいける」ことが、江戸時代中期以降に生まれた流派いけばなと結びつ き、「いける」が「いけばな」と同義語と化したことは、日本の花の不幸かもしれません。
      
だったら、極論かもしれないけれども、いい男とめぐり会って傷ついて、その体験から出てきたもののほうが、よっぽどあなたの花になると言いたい。自分の人生を一度も賭けたことのない人の花なんて、誰の心も揺さぶることないんですよ。大切なのは、あなたのオンリーワンの花を求めていくこと。決して美人ではな いのに存在自体が美しい人や、何をしても不器用なのに魅力的な人はいっぱいいます。逆に、そつがなくてきれいだけれど、心をちっとも打たない人もいる。花 も人と同じ。要は、人の心の扉を開かせる花か、そうではない花か、それだけのことです。

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2009年12月29日

孤独と希望

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本当に納得したければ絶対的に一人で在ることを知らなければならないように思う。
そうしなければ見えないものがある。そうして初めて知ることもある。

己を削って削って手ぶらの孤独な単体になってみれば、世界中に偉大な先人や仲間が存在することを知る。たとえその人々に会えなくとも、知ることだけで十分に生きられる。

孤独は寂しくあることではないし、孤高を気取って陶酔することでもない。
孤独とは寂しさではない。

徹底的に個であることで、個はその固有の音色を世界に放つことが出来る。
その音は、世界を美しく彩り続ける豊かなハーモニーと響きあう。
孤独であるが故に響きあえる。

それはこの上なく大きな希望だ。



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2009年12月27日

陰陽互根

昨夜もまたライブに出掛けた。小畑和彦さんのギターソロライブは初めてだ。

小畑さんの奏でる音色は、まるで山奥の清流のように澄んでいて、さらさらと清廉な流れを感じさせてくれる。あの音はいつも私を全てきれいに洗い流してくれる。あれはきっと、澄み切った魂の音色だ。

小畑さんの指がブラジルのトッキーニョの曲を弾き始めた時、あの感覚が自分の中に生まれるのを感じた。クリスマス・イブの夜ふいに私の中で生まれた、あの感覚だ。音の粒が自分の皮膚を、肉を、骨を、細胞を、自由に出入りし始める。薄い一枚の膜に覆われた自分の身体が、ただ音になるような、あの感覚。独りでに足が動き、手が動く。自分を置き去りにして、私が音になる。

何を悟ったわけでもない俗物の私がこんなことを言ってはいけないのかもしれないが、私はずっと私を脱いでみたかったのだな、と思う。自分を脱ぎ捨て、音になり、時間になること。それはなんと深い安堵と充足。救済と至福とは、こういうことなのではないかとまで思えてしまう。でも、これはあくまでも極個人的体験だ。

フラメンコのリズムでなくとも、ある種の音に触れることで、自分の中にあの感覚が降りてくる(沸いてくる)ことが分かった。それはとてもとても幸せな発見だ。

あれからいろいろと考え続けているのだが、どうやら私は自分自身を一度総裏返しにしたいらしい。ベロンと、全てをひっくり返すのだ。まるでオセロゲームのように。
全てを白から黒へ、黒から白へと反転させるのだ。

そうしなければ始まらない、始められない何かがある。そうしなくては、生きていることのバランスが取れない。そんな気がする。だから、一度全ての皮膚をべろりと剥いで、中身を表にし、表面を裏にしたいのだ。これまでやり続けてきたこととは真逆のこと。それは自分が自分をどこまで脱ぎ捨てられるかを試すことでもある。

何故、ここまでくるのにこんなにも時間がかかったのか、と思わなくもないが、これもきっと神のご配慮なのだろう。ここまでの過程も全てを経る必要があり、つまりは、やっとこの時が満ちたということだ。

私は私であることに苦しみ、だからこそ、そこに僅かでもいいから価値を見出したかった。けれど、それも全て総裏返しだ。

そう思うと、未来は非常に希望あるものになる。ひっくり返すのだ、自分を。
なんて無謀で、なんて破壊的で、なんて果てしなくて、なんて面白い。

全てのコマが白から黒へ変わる時に見えるのは、多分これまでずっと求め続けてきたのと同じ場所だ。けれど、きっとそれはこれまでとは遥かに違う場所でもある。

裏は表。表は裏。

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2009年12月26日

自我脱却の先にあるのは

一昨夜のことを思い返している。

アコーディオン界の良心(と勝手に呼ばせてもらっている)大塚雄一さん。大塚さんの奏でる音色は優しく、温かく、繊細で、豊かな歌に満ち、広がりがあって、 そして切ない。あんなにも叙情豊かなアコーディオンを奏でられる音楽家は、日本ではまず殆どいないと思う。

そんな大塚雄一さんの参加するライブを観に行った。大塚さんとはここ数年仲良くしていただいており、その音楽性の素晴らしさはよく知っている。だからきっと楽しい時間になるだろうと思っていた。ライブの内容はアコーディオン×フラメンコギターに、女性のタップダンスというユニークなユニットだ。

フラメンコギターは高木潤一さん。高木さんのギターには、一音一音その奥に深い音への探求が感じられる。そして、そこにある僅かなためらいの如き繊細さが、音と音との間に美しい静けさを生む。ビル・エヴァンスの言う「修練と自由が極めて繊細な方法で交じり合う音楽」というのは、こういうことなのだと思える、素晴らしい音色だった。


ライブ後半の3曲目。研ぎ澄まされたギターの音色が 熱を帯び、そこに流れている時間がふと様相を変えた。あれは、高木さんの内側にある情感溢れる音楽世界と、彼がフラメンコギターを通して体得してきた「スペインの時」が、紡ぎだされる音と共にそこに立ち現われたのではないかと思う。

時間が歪んだような不思議な感じがした。まるで音が色となって現われ、目の前の空気を様々に染め上げて、いつも普通に体感しているつもりの「時間」とは、全く様相を異とする「時間」を生み出しているようだった。

美しい音色にただ身を任せていたのだが、そのとき、自分がこれまでにはない方法で音楽を聴いていることに気づいた。「
聴く」というよりも「感じる」という方が近いのだが、それでも的確ではない気がする。

目の前で生み出される音楽を、私は確かに身体を通して感じ取っているのだが、同時に、身体の内側でも音楽が 鳴り響いているのだ。皮一枚を隔てて、自分の外側と内側が溶け合ってしまったとでも言えばいいのか。

まるで自分の身体が、薄い膜で出来た透明な筒にでもなったかのようだった。上から下へと、また下から上へと、音楽が私の中を満たしては通り過ぎていく。音の粒子は、その薄い膜すらも通過して、外から中へ、中から外へと自由に出入りした。身体が空洞になり、そこにただ美しい音楽だけが満ちていた。

思考は冷静だったので、体勢を変えてみたり、視線を動かしてみたりと、いつもと何が違うのかを試し、考えてみたりもした。けれど、やっぱり変わらない。音に包まれた私の身体は、内側にも同じ音楽を湛えていた。今まで一度も使ったことのない感覚がふいに呼び起こされたのかもしれない。

音楽が私の身体を作っているかのようだった、と言うと語弊があるか。身体は中は空っぽで、皮膚はいくらでも音の粒を透過させるから、身体の外と内とが融合してしまったのだ。音楽を感じているのは私の身体であり、それと同時に私の身体自体がその音楽で形成されていたのだ。

それは、とてもとても不思議な感覚だった。

そう、あの瞬間、私は私でありながら、 私ではなかった。「私」を離れていた、というのだろうか。音楽を確かに聴いている身である私自身が、私ではなく、音楽になっていた。音の粒子が私の身体を形成し、私は正に時間そのものになっていた。

忘我の境地というのでもない。ただ、私が身体を離れていた。

あんなふうに音楽を体感したのは初めてだった。驚く暇もなく、その感じは曲が終わるまで続いた。むしろ精神は冷静で、その感覚をただあるがままに愉しんだ。そして、もし私の身体がリズムを知り、私の足が踊ることを知っていたなら、きっと音と共に己を離れ、踊っているのだろうなと考えていた。

なぜならそれはあの瞬間、私の魂は確かに踊っていたから だ。それはなんだか、忘れてしまっていた古い古い記憶に触れたような気分だった。実際には、私の身体は踊ることを知らないから、踊ることはできない。けれど、私の中にあるものは、私の身体をすっかり離れ、ただ音になり、ただ時間になり、ただ踊っていた。まるで幽体離脱のようだった。


「舞踊とはこういうことなのか」と、実際に踊ってもいないのに、そう思った。透明な薄い膜に包まれた空洞と化した己の身体に、音楽が降り注ぐ。ただ、それを受け取り、ただそこに全てを委ねるだけなのだ。己を脱ぎ去り、音楽と同化し、時間そのものになる。世界に溶け出し、世界が己になる。

曲が終わった後、私は自分が踊りを知らないことをひどく残念に感じた。せっかく身体を持っているというのに、踊れない自分が悲しかった。それは「音楽にあわせていい気分になって踊りたい」 ということではなかった。音楽に身体を捧げ出し、時間と融合して、自己を脱ぎ去るような踊りのことだ。
そして、そんな風に考えている自分がおかしかった。確かに私は、時にはサンバに合わせてステップを踏むこともあるし、ラテンのリズムに思わず腰を揺さぶってしまうことはある。それは単なる歓びの現われであり、一つの感情表現だった。けれど、それとは違う、自我を離脱する踊りだなんて、自分でもびっくりし、そんな己に呆れもした。

私は、踊りたいのか?


今までに体験したことのない感覚を味わい、これまで思いつくことすらなかった考えが頭に浮かんだ。まったく、予想もしていなかったクリスマスプレゼントが、いきなり私の元へとやってきた。勿論、その後もライブは本当に素晴らしかった。情緒と色彩感の溢れる音楽を、心の奥底まで楽しんだ素敵な夜だった。


あれからずっと考えている。そういえば、なぜか最近、踊る女性を目にする機会が続いている。それは、バレエであったり、現代舞踏であったりと、踊りの様式はそれぞれに異なるのだが、踊り手の女性そのものには、ある種の共通点がある。それは、限りなく自我を脱ぎ去ろうとしているということだ。

ギリヤーク尼ヶ崎さんの「祈りの踊り」に感じることと似ている気がする。また、車椅子に座りながらも手だけで踊る、大野一雄さんの舞踏を見て感じることとも似ている。彼等はみな踊る時、彼等自身でありながら、彼等ではないものと化している。その姿に、私は心を惹かれてやまない。
彼等の肉体の内側には、一体何が満ちているのだろうと考える。そういえば、音楽も限りなく自我を脱ぎ去ろうとする行為だ。音楽は生み出された瞬間から、それを生み出した人を離れ、そこにただ 『音楽』として時間と共に存在し、過ぎていく。音楽を創るという行為は、自我からの脱却そのものだ。

けれど、実際には、なかなかそうはいかな い。事実、今この世の中に溢れかえっている音楽の多くは、そんな類稀なる鍛錬と痛みをも伴うような修練の賜物ではなく、ただの薄い自己主張と自己満足、浅い自己陶酔と感情移入の産物だ。もしかしたら舞踏もまた同じかもしれない。

優れた音楽、優れた舞踏は、今の世の中に溢れかえる薄っぺらな自我が垂れ流すマガイモノとは全く異なるものだ。

どこまで己を無に近づけることが出来るか。どこまで自我を脱ぎ去ることが出来るか。それはまるで小我を捨て去り、ただ大我のみへと向かう修行僧のようだ、と思ったりもする。きっとその修行とは、決して苦しみばかりの道ではなく、むしろ想像を超える豊かさと歓びに満ちたものなのだろう。

などと考えていると、どんどん思考が脱線していく。とにかく、一昨日の夜に味わったあの感覚は、なんとも不思議な有難いものだった。

しかし、自分の個人的な内的体験・体感を言葉にするというのは、難しい行為だと改めて 思う。私の価値観を揺るがすような体験も、言葉にすればただの感想文にしかならない。

Flamencodancer1けれど、まぁ、そういうものかとも思う。大切なのは 言葉ではなく、己の中に生まれた大切な何かだ。その何かは、きっと私自身を導く印だ。

だから、私はそれを信頼する。
それに従って、できるだけ無心に歩みを進める。
ただ、それだけだ。

 




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2009年12月22日

喜びと苦しみの狭間

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この上ない喜びを得ると同時に引き受けたのは、痛みと悲しみだ。
多分、それらは同じところにあり、同じところから生まれて同じところへ帰っていく。

愛するとはどういうことか。
あなたを愛するのと同じようにあれということですか、神様。
時々自分を殴り壊したくなる衝動に駆られてとても苦しいのです。

どこからも答えは降ってこないし、問い掛けても天は答えない。何時でも全ては己の内に答えを見出だすのみだ。そうやって試され続けていくのだろう。

私は人生とは試練ではなく試験のようなものだと感じている。
いつもいつも私の魂は進級させてもいいかどうかと試され続けているのだ。

身体を持つが故に感情が生まれ、それが時に己を焦がし、苦く燻す。
肉体があるが故に翻弄され、その不自由に嘆き苦しむ。
けれど、肉体を持つからこそ他の肉体と出会い、対話し、共に愛し合える。

何を学べと言われているのか。何を試されているのか。

それを思うと精神はいつも冷静さを取り戻す。
魂は試され続けるのだ。

しかし肉体から生まれる感情とそれは別のものだ。
だから悶え苦しむ。

早くここから解放されたいという切実な願いと、肉体を持つことの至上の喜びと。
両極の二つの間で生き続けるのが、ここに存在するということだ。



今日の音楽。魂を削るような音。命の炎が燃える音。

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