annular solar eclipse
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過ぎ行く時は美しく、そして切なく、結局は何をも所有できぬという無常は人にとって最も大きな悲しみなのかもしれない。それでもただひたすらに今という時を行動するしかなくて。すべてのことは起きながらにして見る夢のようで、掴んだと思った端から霧のように消えていく。それでも尚求め続ける苦しみと、ひとときの成就に味わう安堵と至福と。
うたかたの夢とはよく言ったもの。すべては夢か現か、それでもその中で喜怒哀楽し、もがき悩み痛み苦しみながらも生死をまっとうすることが命の当然であり、結局のところ、それもまた生きるということの喜びなのだろう。
意味などなく、だからこそ、意味があるというこの不可思議についての思いはとどまることなく。
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最後の文士とも呼ばれる作家、車谷長吉。同郷人でもあり、好きな作家の一人だ。私の父替わりの存在が車谷氏と同郷の同級生で、直木賞受賞の頃にその名を知った。朝日新聞土曜別刷り「be」の連載「悩みのるつぼ」での氏の回答はとにかく面白い。いつかの記事で読んだ車谷氏の言葉が手帳に書き留めてある。
世の多くの人は自分の生はこの世に誕生した時に始まった、と考えていますが、実はそうではありません。生が破綻した時に、はじめて人生が始まるのです。従って破綻なく一生を終える人は、せっかく人間に生まれてきながら、人生の本当の味わいを知らずに終わってしまいます。気の毒なことです。
せっかく人間に生まれてきながら、人間とは何かということを知らずに、生が終わってしまうのは実に味気ないことです。…世の人はみな私のことを阿呆だとあざ笑いました。でも、阿呆ほど気の楽なことはなく、人間とは何か、ということもよく見えるようになりました。
私はいま作家としてこの世を生きていますが、人間とは何か、ということが少し分かり掛けたのは、31歳で無一物になった時です。
「生が破綻した時に、はじめて人生が始まる」という言葉は大きな衝撃でありながら、同時に深く納得のいくものでもあった。そうだ、そうだ、と共感したのだ。振り返ってみれば私もまた、幾度かの生の破綻によって、ようやく人生というのものが見えるようになったのだと思う。
破れて、綻びて、どうにもならない、取り返しのつかない中から生まれてくるもの。剥がされ、壊され、暴かれたその底から湧き出してくるもの。奪われ、擲ち、あらかた失ったところに尚残るもの。わずかの一滴。ちいさな小石。しかし、そこからようやく始まっていく生の本質。人生というもの。
とはいえ、本当の人生がどういうものかなど生きている中で分かるはずはない。「これが私の人生」などと見えたとしたなら、それはおそらく思い込みか、勘違いか、語りたいだけの幻想だろう。知らぬまま、分からぬままに生きている。裂け目から蘇るかのように広がり続いていく時間。失った中から見えてくる光。それらに導かれるように、辿るように、流され彷徨い生きている。
行き詰れば行き詰るほど手放せず、しがみつき、護ろうとしてしまうものだが、それでも時は正しく訪れ、壊れるものは壊れるべくして壊れ、消えゆくものは消えるべく消え、去る者は去り、逝くものは逝く。得ては失うことの繰り返しの中で、果たして本当に「得る」ということがあるのだろうかという問い。
ただひとつ、その「時」を得たと言うことはできるのかもしれない。それすらも過ぎ去っていくものではあるが、それでも、その時、その経験は、目に見えはしないが確かな色を残していく。その曖昧な中に浮かび上がるのが、幻であり現でもある自分というもの、とも言えるかもしれない。
それでもやはり、失うのは怖く、壊れるのは痛く、去られるのは辛い。そうやって苦しむことこそが人として生まれた悲しみであり、しかしながら、それこそが生きていることの最たる恵みでもある。喪失と破綻を経て、人はようやく始められることがある。
獲得の喜びも喪失の痛みも、全ては等しく時であり経験であるならば、人に与えられるそれら恵みを、他者がむやみに邪魔をし、奪うことなど決してできない。ただ成すべきは、その人がその破綻から再び光を見いだし再生していく様をじっと見つめ、共に生きていくことだ。それが人を信じるということだろう。
目を逸らさずに見つめ続け、ただその生を信じて共に生きること。これがなかなか難しい。人はどうしても自分本位から抜け出せず、自らの恐れや悲しみを拭うため、つまりは小さな自己実現のために、黙することができなくなり行動してしまう。しかし、それもまた人というものであり、決して間違いではないのだろう。
正しいも間違いもなく、人と人との間に生じる数多の時と経験が綾を織りなし、どこへ向かうでもなく複雑に、しかし美しく、終わりなく続くと考える方が、絶対的善に向かうというような収束的思考よりもずっとしっくりくる。全て海面に瞬く陽光の輝きであり、それは茫洋たる境界なき海の中で巡り続ける無限の生死だと。
「生が破綻した時に、はじめて人生が始まる」という言葉から少し飛躍しすぎたか。破れや綻びからこそ溢れ出す生があるならば、それこそが人生の醍醐味だろう。結びと解けということがまた思い出される。解けから生じる結び。同時に起きるそれは、無限に繰り返されていく。
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一人の人の中には数え切れぬほどたくさんの顔がある。生きているうちにそれらを統合することなどできるはずはなく、そもそも一つに収束する必要もない。あらゆる顔、あらゆる自分は、波に映る陽光の如く、瞬間ごとに移り変わっては輝きの波形を描き続ける。
自分など、他者との間に浮かんでは消える幻のようなもの。
意味も目的も持たずとも、ただ輝いている、それだけで美しい。
何人かの方との対話の中で、カップの中をぐるぐるとかき混ぜられるようなイメージが浮かび続けた。かき混ぜられて浮かび上がるのは、底の方に沈んでしまってすっかり忘れていた何か。混ぜられ、浮かび上がるものの中に、思いもよらぬ宝がありそうな。
なにもかも、常に安定はしていられないし、常に同じでもいられない。時には、かき混ぜられ、揺り動かされることが必要で、その混沌の中でこそ見出せる顔というものがある。揺さぶられれば感情も揺れるものだが、その波間にこそ見える「何か」。それをそっと掬い上げるための、ひそやかな対話。
何度も見ているこの動画。二人の音の違い、その響きの異なりがあまりに顕著でおもしろい。どちらがいいということではなく、二人とも本当に偉大なギタリストであり最高のミュージシャン。でも、私はやっぱりPaco de Luciaの音が好きなのだなと毎回確認させられる。
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今日は空がとても静かで、それでもなぜか空に濃密な気配を感じていたのは多分、私自身がそのように思いたいから、そう見えたのだろうと思う。
しかし、空を見上げながら頭の中では、「天と地の間に垂直に立つことのできる唯一の生き物である人間の役割は祈ること。あらゆる生命の魂を天に送ることが人間の義務であり、そのためにこそ神は人間を守ってくれる。」という、何かの本で読んだアシリ・レラさんの言葉が廻り続けていた。
一年前の震災のみならず、いつでもこの世界では数多の魂が天へと還っているのだが、それでも、あんなにも多くの魂が一気に天へと召されたのかと思うと、それはあまりに想像を超えていて言葉を失う。幾多の魂が一斉にこの下界を見ているような気がして、不可思議な気持ちのまましばらく空を眺めて過ごした。
私の気持ちはいつも、亡くなられた方々よりも助かった方々、多くを失って尚生きている人、生きなければならない人の方へと向かう。しかし今日はそれと同時に、死者の魂を送るとはどういうことだろうかと、亡くなられた方々の命についてを考えた一日だった。
生きる死ぬに意味はなし、生き残ったということ、こうやって生きていることに意味や理由などないのだが、それでも、生きているからこそできることがあり、生きているからこそやらねばならぬことがある。そして、生きている、ただそれだけで、人は人に影響し、体験を与え合い、世界に影響を及ぼしている。
・・・まぁ、いい。
生きているし、生きていく。共に生きる。ただそれだけだなと思う。
人はそれぞれに、それぞれの祈りを生きているのだという思いは、やはり変わらない。
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2012/3/8~2012/3/22のメッセージ
★牡羊座★
思い通りにいかなかったり、なんとなく不安になったり、じりじりとした気分になりやすい時期。あれもこれもと欲張ってしまっているのか、または、あれかこれかと迷いが生じているのだろうか。もしかすると、多くの意見や情報に触れすぎて本心を見失い、精神的に疲れているのかもしれない。人によっては、体調を崩して休むことになる可能性も。けれど、今ここで立ち止まってみることで見えてくる景色がある。焦りの気持ちや周囲の流れに呑まれず、ゆっくり過ごしてみては。
★牡牛座★
「これが私」と静かに、しかし堂々と誇れるような、迷いのなさを覚える機会がやってきそうだ。なにかしら、自分自身の行動の結果が、分かりやすい幸運の形として返ってくることもあるだろう。思わぬところで評価されたり、支持を受けたりする可能性もある。しかし、決してここがゴールではなく、ここから更なるステージが続いていく。問題などもすっきりと解決しそうな気配なので、喜びと安心をしっかりと胸に抱いて、誰と比べることなく、自分らしい道を歩み続けていこう。
★双子座★
人と意見があわなかったり、周囲の考えが一致しなかったりと、状況や環境が落ち着かない時期。しかし、無理にまとめようとするよりも、ゆっくり時間をかけてそれぞれの話に耳を傾けてみるほうがいい。伝えたいことがなかなか伝わらなくて対立してしまうこともあるかもしれないが、だからこそ、このタイミングでじっくりと向き合い、話し合うことによって、今まで見つけられなかった新たな結び付きが得られるともいえる。一見すると厄介なこと、困ったことの中でこそ、新しい価値観を見いだすことができるはず。
★蟹座★
繰り返される状況、堂々巡りする考えの中で、つい疑心暗鬼になったり、物事を悪い方へ考えてしまったり。間違ってしまったのだろうかと不安に陥ることもありそうだが、そういう気持ちになること自体もまた、必要なプロセスなのだということを覚えていてほしい。今はまだ前に向かって大きく進むタイミングではなく、心に揺るぎない確信が生まれるのを待つ時期なのだろう。進めずにいる優柔不断な自分を責める必要はない。同じような繰り返しの中、それでも確実に育まれ磨かれるあなたの理想を大切にして、安心して時を待とう。
★獅子座★
周囲の状況に左右されることなく、自分のペースで物事に取り組める時期。自分の専門分野や得意なことに思いっきり取り組むことができるだろうし、そうすることで、他者から好意を持たれたり、個性や特技が人の役に立ったりもするだろう。独走状態で一人抜きん出るというよりも、やりやすい方法で、うまく物事を循環させていくという感じだろうか。仕事や作業も自分らしい歩幅で循環させて、他者とのギヴアンドテイクもスムーズに循環する中で、才能や技術がますます成長し、未来の展望が開けていくことだろう。
★乙女座★
目の前にある踏切が開くのを待ちながら、次の行動に向けて計画を見直し、準備を整える時期になるだろう。自分の内側から沸いてくる前向きなやる気を静かに育みながら、夢や理想だけでなく現実をしっかりと見据え、向上心をもって計画に取り組んでほしい。謙虚な気持ちになれそうなのはいいのだが、あまり自信を失わないように。自分の力で乗り越えてきたあらゆる経験、その中で着実に磨かれてきた自分なりの知恵や視点を大切にして、より広い世界へ出て行くための心の支度をしていこう。
★天秤座★
問題や障害があったなら、それらが取り払われて、将来への明るい見通しが感じられるようになるだろう。何かしら物事の達成や完成が見えてくるかもしれない。また、長らく探していたものがようやく見つかる可能性もある。とはいえ、ここで一足飛びに前進できるというわけではなく、むしろ、未来の可能性が見えてきた今だからこそ気づける足りないところ、不足している部分を正しく受け止めて、補う努力をしてみよう。そうすることで、やがてやってくるチャンスに遅れずに飛び乗り、望む方向へと進んでいけるようになるだろう。
★蠍座★
周囲からは成功しているように見えても、実はひっそりと孤独感を味わっていたり、自分に自信がなかったりと、何かしら表と裏では異なる自分がいるのかもしれない。これまで重ねてきた様々な行動が、実は自分の中の寂しさや不安を紛らわせるためのものだったということに気づける機会がありそうだ。そこでますます落ち込まずに、だからこそ、正直な自分を受け容れてみてほしい。求めている本当の自信は、外から得られるものではなく、今ここにいる自分自身を肯定し、感謝し、慈しむことによって必ず育まれていく。
★射手座★
なんとなく気持ちが後ろ向きになり、今の状況に甘んじてしまいたくなるかもしれない。感受性が高まるがゆえに、良くも悪くも起きる出来事に敏感に反応してしまって、臆病心が膨らんでしまうのかも。だからといって、もうここでいいと諦めてしまっては、せっかくの可能性を自ら閉じてしまうことになる。まだこれから先、自分が担う役割があるということに本当は気づいているはずだ。いい意味で欲を出してみてほしい。そして、自分一人の満足ではなく、周囲と共に幸せになれる道へと進むために、広い視野を取り戻そう。
★山羊座★
周囲が邪魔をしているように思えるかもしれないが、実は、自分が相手に期待しすぎ、求めすぎていのかもしれない。互いの要求がすれ違っていると気づくことで、気持ちに落ち着きを取り戻すことができるだろう。相手や状況に勝つこと、自分の立場を主張することばかりに目を向けるのではなく、この経験を通して自分は何を学ぼうとしているのかということを考えてみてほしい。他者との関係においてはもちろん、自分自身の内面においても、意味のない争いはやめて、調和の道を見いだすことが、幸せへの近道になる。
★水瓶座★
自分の心を満たすために本当に必要なものは一体なんなのか。そんな内側での思索と探求が始まる時期。一人静かに自らの内面を見つめ、心の奥深くを探ることが必要となるだろう。周囲の要求に合わせるのでははなく、嘘もごまかしもない自分自身とその本心を、自らで照らし出してみてほしい。そして、表層的な出来事や行動ではなく、その深層に流れている真理を見つめる目を養うこと。そうすれば、いつどこにいても惑わされることなく、自らの内なる知性によって自分を正しく導いていく力がしっかりと育まれるだろう。
★魚座★
表立っては動きがないように思えるかもしれないが、見えないところで変化は起き続けている。それは内面的、精神的な成長かもしれないし、新しい出会いや機会がどこかで着々と近づいてきているのかもしれない。先ず何よりも、心と精神の安定を大切にしたい時期。無理に前へ進もうとせず、落ち着いた気持ちで状況を見つめることで、今やってきている流れを正しく把握することができるだろう。そして、今いるプロセスを信頼することで、訪れるチャンスをうまく掴み、自らの才能をより有用に活かせる方法が見つけられそうだ。
あなたとあなたの周囲が、いつも優しさに包まれていますように。
あなたの心に、いつも安らぎと希望がありますように。
この満月が、より多くの豊かさと喜びをもたらしますように。
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人の心というのは、ときに、時空を超えて届くことがある。あの時、あの人はこう思っていたのかと、何年も、何十年も後になってから気づくことがあるのだからおもしろい。目の前の出来事だけがすべてではなく、あらゆる出来事の奥にはもう一つの物語が隠れていて、それなのに人はなかなかそのことに気づけぬまま、出来事だけを見ては喜んだり、悲しんだりしている。
けれど、それもまた人間らしくていいのだと思う。肉体は一つしかないのだから、いつだって人は一つの時間を生きるしかない。目の前の出来事に一喜一憂し、悩み、もがいていることこそが、生きるということの醍醐味だとも思う。すべてを達観する必要などなく、思う存分に悩んで、あがいて、この生を楽しみたいものだ。
それでもやっぱり、人は複数の時間を同時に生きているような気がしている。人が一人生きているということの奥には数え切れない物語があり、それらは時空を超えて結びあってはほどけていく。たとえ今届かなくとも、その心は必ずいつしか誰かの心へと伝わり、響きあう。そんな、予測のできない心の結びとほどけのことを思う。
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いつの間にか、荒れ狂う感情に飲み込まれるということがなくなった。それは、いつでもあの静かにして優しい海の底へ帰れるという安堵であり、波のようにやがて必ず凪ぐ感情への信頼でもあるが、恐ろしいほどの高波に飲まれて抗いようもなく沈んでいくあの感覚をもう味わえないのかと思うと、少し寂しい。
傷ついたと感じるのは、自分の中に同じ痛みが既にあるから。そして、やってきた感情は、やがて凪いでいく。全ては等しく経験であり、与えられるのは気づきの機会だ。私の中には音も光も届かぬ深い深い海の底があり、そこは実はとてもあたたかくて、いつも優しい。だから、私はいつでも大丈夫だ。
優しさの根底に流れるものが愛なのだとすれば、怒り、憎しみ、憤りの根底に流れるのもまた愛なのだと思う。ここで言う愛とは、恋愛や情愛として語られる愛とは異なる、命の源のようなもの。それは純粋なるエネルギーであり、生きるものを生かす力。すべての行為の根底には、愛があるのかもしれない。
優しくしされたと思うときに相手からの愛を感じるように、傷つけられたと思うときにもやはり、相手は愛を与えてくれている。実際には、なかなかそれを愛だとは思えないかもしれないけれど。恋愛や情愛ばかりが愛なのではなく、人が人に投げかけるものの源はすべて愛と呼ばれる何かなのではなかろうか。
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今日お会いした方との対話の中で。そしてここ数日の間に起きた様々な方との交流の中で。ただあること、ただここにいることへの祝福がもたらされる。そして、自分だけでなくすべての存在について、その存在そのものがただそれだけでかけがえのない不可欠であるということを改めて覚える。
とはいえ、実際には決していつも泰然自若、行流雲水としていられるわけはなく、人との関わり交わりの中で、常に揺れ動き、惑い、感情に揺さぶられ、おろおろとし続けている。しかし、それでもやはりできることといえば、ただそこに存在し、ただ見るということであり、結局はそこに帰るばかりだ。
何者でもなく、何ができるわけでもなく、ただ細々と生き延びるための営みを続けている名もなき身。そのただの存在が、ただの存在のまま人と出会い、行き交い、ひととき融合し、離れていく。ただそれだけのことの愉快と有難さ。ただそれだけのことの尊さ。
用意も目的も持たず、ただそこに生じては消える移ろい。
そういう自分というもの。生きているということ。
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本日の新月を機に、タロットリーディングによるメッセージの定期掲載を始めます。新月と満月のタイミングで、各星座ごとにタロットカードから読み取ったメッセージを記していきます。
いつまで続けられるか・・・自分への新しい試みと挑戦です。
日々のヒントになるような、心に伝わるメッセージを届けることができれば幸いです。
2012/2/22~2012/3/8のメッセージ
★牡羊座★
冬枯れの樹木が、その内側では春の芽吹きに向けて命の営みを続けているように、何もないように思える時にも、見えないところでは確実に変化は起き続けている。目には見えない隠れたところで何かが終わり、新しい始まりが育まれている気配。自分の内側で起きている変化に、じっと耳を傾ける時間を過ごしてみるのも悪くはない。部屋の掃除や身の回りの整理整頓など、不必要なものを手放して自分を見つめ直してみるのもいい。
★牡牛座★
自分の力で積極的に物事を進めていくエネルギーと勢いの感じられる時期。思うまま、やりたいように行動することが周囲から許される気配でもあるから、臆することなく行動することで、あらゆる状況を前向きに変えていけるだろう。大切なのは、周囲の理解や協力に対する感謝の気持ちを忘れないことだろうか。人はみな、それぞれのペースでそれぞれの役割を生きているということを覚えておこう。
★双子座★
優しさ、思いやり、喜び、慈しみ。そんな柔らかな感情がふつふつと溢れ出すような、豊かな情感に恵まれる時期。人の心に共感し、共に笑い、共に泣く。そんな風に人に寄り添い分かち合うことで、あなた自身の心もまた深く満たされることだろう。感情の波が大きくなりそうなので、ネガティヴな思いに飲み込まれないように注意したい。絵画や音楽、演劇などに触れて感性を刺激することで、心の循環がより促されるだろう。
★蟹座★
忍耐力が試される時期かもしれない。時期を待ってきたこと、じっと耐えてきたことがあれば、それらはほどなく解放の時を迎えそうだが、今はまだどうにもなりそうにはないから、どうか焦らずに。その信念が果たして本物かどうか、本音や本望を試す、もう一人の自分がいるかもしれない。精神力が鍛えられ、自分を信じるということを身をもって知る学びの時期にもなることだろう。理屈や考えによるものではなく、あなたの心が本当に望んでいること。それに気付くことで、現実も周囲の状況も動き始める。
★獅子座★
状況の流れや動きが一時的に停止するので、ここはしばし一休止という感じだろうか。体調や精神状態を整え、自分の本心と覚悟を確認するための時間にするといいだろう。これから先には、大きな決断を下す場面やリーダーシップを発揮して人を率先する機会が訪れそうなので、今はその準備のために与えられた束の間の休息を有効に使いたい。冷静に現実を見つめつつ、今後のビジョンを具体的に描き、新たな展開に備えてほしい。
★乙女座★
何かしら結果が出るなど、物事に決着が着く気配。もしかするとそれは意に沿わない結末かもしれないし、何かを失うことになるかもしれないが、いずれにせよ失望は一時的なものであり、むしろ状況はこれから良くなっていく。一つの終わりがあるからこそ、新しい始まりがある。一つ一つの状況を良い悪いと判断するのではなく、物事の流れを大きな視野で眺めることで、人の気持ちや状況を理解できるようになるだろう。そしてまた、頑なに譲れなかった自分の思いも、相手に受け入れられるかもしれない。
★天秤座★
何か大きな選択や、自分なりの答えを求められる気配。それは、自分の今後だけでなく、周囲の人達にも関わるようなことかもしれない。または、人と話し合う中で答えを出すことになるのかも。いずれにせよ大切なのは、自分本位にならずに周囲との調和を図ることであり、そうすることによって結果的に自分にも周囲にも相応しい決断を下せる時期でもある。また、一人で決めるのではなく周りを見渡してみることで、新たな協力者が現れたり、新たな展望や知恵が得られるかもしれない。
★蠍座★
人の意見や忠告を素直に受け入れることで、今まで見えなかったものが見えてくるかもしれない。また、誰かに相談したり、人に心を打ち明けることによって、解決策や方向性が見出せるような気配。視点が偏っていないか、考えが自己中心的になっていないかを、自分自身で見つめ直すと同時に、人から客観的判断をもらうことで、考えが纏まるだけでなく、心理的にも安心を得ることができそうだ。そうして冷静さを取り戻すことで、停滞していた流れも動き出し、より良い方向へと進めるようになるだろう。
★射手座★
人間関係が一時的に悪化したり、周囲の状況が思うように展開しなかったりと、期待が損なわれるかもしれない。安定しない現実に将来性を見いだせず、不安になることあるかもしれないが、その状況が永遠に続くことはないので、どうか安心していてほしい。こんな時にはしばし現状からは距離を置いて、自分の内側に目を向け、これまでの経験や過去の反省を思い出し、自分の中にある平和と調和を求める心を思い出すことで、周囲の状況も自分自身も広い気持ちで受け止めることができるだろう。
★山羊座★
もし、物事がなかなかいいように進まない、身動きがとれずに安らげないという状況にあるならば、あなた自身の変化を恐れる気持ちがそうさせているのかもしれない。長く待たされているような気分かもしれないが、実のところ、人生を待たせているのはあなた自身というわけだ。今必要なのは待つことではなく、人生に対する開拓精神であり、自らの力で現状を変えていくための前向きな挑戦だろう。そういう意味では今はまさに一皮むけるチャンスでもある。楽しめる努力を見つけてほしい。
★水瓶座★
これまで気付いていなかった自らの才能など、ずっと置きっぱなしにしていた何かが自分の中から出てくる気配。もしかするとそれは、現状において足りないものを補おうと努力する中で否応なしに引っ張り出されるのかもしれない。「何かが足りない。」もしそう感じるならば、その足りない何かは実のところ、あなたの内側でずっと時を待っていたのだ。多少の困難や痛みを伴うかもしれないが、思いもよらぬ形で引き出されたその才能に一番驚くのは、他の誰でもなく、あなた自身なのだろう。
★魚座★
確実に夢に近づいている自分、成功へと歩みを進めている自分に気付く機会があるかもしれない。また、周囲から歓迎されたり求められたりと、人との交流の中で充足感を得られそうな気配もある。これまで続けてきた努力や歩んできた道のりが、すべて間違いではなかったのだと安心できる時がやってきそうだ。現実的な達成感と精神的な安定が結びつくことで、落ち着いて流れに乗り、状況も、そしてあなた自身の気持ちも自然に導かれていくだろう。その喜びを多くの人と分かち合ってほしい。
あなたとあなたの周囲にたくさんの笑顔がありますように。
あなたの心に、喜びと、希望と、安心がありますように。
この新月が、あなたにとって善き始まりとなりますように。
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問いを投げる。世界に、時空に。すると必ず答えは与えられる。あるときは言葉で、あるときには音で、形で、香りで、色で、気配で、モノで、人で、状況で。その答えに気づけるかどうかは、問いを投げかけた者次第だ。
ただ、問わなければ決して答えは見つからない。
問いなき答えは存在せず、問いの数だけ答えはある。
人が生きることの中には無数の問いが満ちていて、人生とは大小数多の問いの積み重ねだと言える。具象抽象かかわらず、数え切れぬそれらの問いが人生を作り、人を作っていく。人の存在、命の存在そのものが問いであり、問うことで人は人生を生きている。
あなたという存在が私に、世界に、問いを投げかけると同時に、私もまた誰かに、何かに、問を投げ続けている。問いは言語化されることもあれば、無言のままに投げられることもあり、答えもまた、形あるもの、なきもの、ありとあらゆる可能性を秘めている。
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Panorama Steel Orchestra。あの喜びに満ちた壮大な音のエネルギーを浴びた後は、いつも、自分の奥底が大きく深く揺さぶられて、予想外の思いが溢れ出してきて止まらなくなる。
あれは2009年の夏だったか。野外でのライブの後、星が輝き始めた空を見上げながら、なぜかしらふと長らく分離していた二つの自分が一つに重なったような気がして、生きていることに感謝しながら密かに一人で涙を流したのを覚えている。
演奏メンバー、お客さん、スタッフ、集まった全ての人の心、その目に見えぬエネルギーが音を通して交わり、重なり、大きな綾を成して色鮮やかなうねりとなっていく様はまさに「現象」としか呼べない「何か」で、そういう意味でPanorama Steel Orchestraの音楽はやっぱりとても特別なものだと思う。
目には見えぬ人の心。まるでその輝きがそのまま音になったような音楽。喜びに満ちたあの音を全身で受け止めることによって、私の肉体は細胞レベルで揺さぶられるのかもしれない。それはどんなにか激しい外的刺激よりもずっと強くて深い、心の深部をダイレクトに揺さぶる力だ。
だからこそ、思ってもいなかったイメージや欲求や思いが呼び起こされるのかもしれない。それはまるで、大地の揺らぎによって深海の砂が浮き上がるかのよう。心が生み出す音と、心を動かす音楽。Panorama Steel Orchestraの音に触れると、いつもそのことを身をもって実感する。
今日もまた、特別に素晴らしいライブだった。このような場と時間に参加させてもらえること、手伝わせてもらえること、喜びを共有させてもらえることに、心から感謝します。いつもありがとう!
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様々な形で、人から贈り物をいただく機会が続いている。思いのほか親切にしてもらったり、思いもよらぬ貴重なものをいただいたり、予想外にご馳走になったりして、恐縮することもあるけれど、できるだけ素直に感謝して、気持ちよくいただき続けている。そして、もしかするとこれは「受け取る」ということのレッスンかもしれないと気づいたのだ。
以前の私だったら「何かお返しなくては」「借りを作ってしまった」「こんなにいただいて申し訳ない」「お返しできる金銭的余裕がない」とあれこれ考えて、勝手に重荷を抱えてしまっただろうと思う。最近になってようやく気づいたのだが、私は受け取るということがどうも苦手なのだ。
素直にいただき、与えられることに甘んじ、素直に甘えるということがずっと苦手だった。人に迷惑をかけてはならない、人に負担を負わせてはならない、人に金や労力や気を遣わせてはならない、人に甘えてはならない。これまでずっと、そんな風に(無意識に)思い込んでいたように思う。それは、自分にはいただいたもの見合うようなお返しができないという引け目であり、また、それをいただくに値するような自分ではないという無意識の否定によるものでもあったのだろう。
しかし、そもそも、他者との関わりの中でこそ存在できている自分が、誰にも一切の世話にならず、誰にも負担を負わせず、誰にも迷惑をかけずに生きられるわけなどなく、人は誰しもがみな互いにもたれあい、支え合い、与え、受け取り、そうやって巡り巡って生きているのだということに改めて気付く。
形あるものも、形なきものも、すべてはみな人と人との間をぐるぐると巡り、形を変えながら渡って回って喜ばれ、必要とされ、分かち合われているのだろう。どんなものであれ「与えたい」と思ったものを「ありがとう」と受け取ってもらえることは、とても嬉しい。与える、受け取るということは、喜びを共有するということでもある。
与えれば与えるほどに与えられるものは増えるように、受け取れば受け取るほど、より多くを受け取れるようになるのかもしれない。人が受け取ったものは感謝と喜びへと変わり、そして、より多くの人と分かち合えるものになる。その流れを頑なに堰き止める必要などないのだ。
ありとあらゆる循環の中の一つの点として生きている自分というイメージが浮かぶ。やってきたものをここに留め続けるのではなく、訪れる流れを無理に堰き止め押し返すのでもなく、ただ受け取り、喜び、感謝して、また流していくということだ。
そして、機会も、物質も、出会いも、あらゆる贈り物は、それを与えられるタイミングであり、それを受け取れる自分であるからこそやってくるものなのだろう。物事の正しい時というものを素直に受け止め、与えられることに感謝し、大いに喜んで分かち合う。そんなレッスンが続いている今日この頃だ。
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意志や思考が未来を形作るのではなく、実のところは知らず知らずのうちになぜかそうなってしまっているのではないか。しかし、物事は全てなるべくしてなるようになっていて、人はそれら現実の一つ一つを後から脳で処理し、理由や意味づけをして整理しているだけなのではないか・・・そんな感覚が日毎に増していく。
意図も意志も持たずとも、自ずと生きる動植物と同じように、人もまた、自らの意図とはまったく別の力(それがいわゆる無意識と呼ばれるものなのかどうかは分からないが)によって気づかぬうちに今ここにいて、起き続ける現実を体験し、それに対応し続けているだけなのではなかろうか。そして、思考や意図というのは、実はあくまでも後付けなのではなかろうか。そんな風に考えている。
しかし、たとえ後付けであれ、遭遇した出来事、与えられた機会、そこに生じた思いや感情、そんなありとあらゆる体験を自らで意味付けし(良し悪しにかかわらず)、そこに価値を見出していくということは人間ならではの行為であり、それができるということは、ありがたく、面白いことだと思う。
世界に意味をつけているのはいつだって自分で、言い換えてみれば、人は世界に意味や価値をつけるために存在しているのかもしれない。なんて、それはちょっと飛躍した妄想かもしれないけれど。(でも、面白い。)
八木清さんの写真集「sila」を少しずつ眺めている。雪と氷の広がる遥か北の地で撮影された写真は、凍てつく寒さを写していながらも、そこには温かな何かがはっきりと流れていて、人も、景色も、物も、まるで実際にそれに触れたかような感覚と記憶を与えてくれる。繊細で、優しく、静かで、それでいてダイナミックな美しい写真。
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いよいよ待ちに待った海王星の魚座入りだ。とても豊かな感受性を持つある友人は、現実とシンクロするような海の夢を見たという。
私自身は、例えるならばあの世とこの世、二つの世界を同時に生きているような感覚がますます強まっている。自らで掛け続けてきた呪いから解放され、「私」という意識からも自由になる。自分の内にある己への疑いが霧散されていくような不思議な感覚だ。簡単に言えば「生きるのが楽になる」ということなのだろう。喜んで精一杯生きるのみだ。直観に従って、与えられた生を還元していこう。
善と悪が逆転するのではなく、善悪を併せ呑んだ上で新たな価値観が共有されていくような。強者と弱者がそれぞれの弱さと強さでもって融合するような。あらゆる境界がふわりと溶けたところに新しい境地が見えるような。魚座の海王星は、既存の価値観をゆるやかに溶かしていく不思議な力を有しているように思う。
それはある種の理想郷で、言葉にすると現実味がないかもしれないが、それでも夢見ることは自由であり、多くの人が同じ夢を見れたならば、それはきっと現実になる。(オノ・ヨーコさんの言うとおりだ。)理想を探し求めるのではなく、理想を主張して他者に強要するのでもなく、自らが理想の如く生きることからすべては始まっていく。
立春、そして海王星の魚座入りにあわせて、大好きな大洗磯前神社に参拝してきた。とても暖かな一日で、空も海も穏やかで美しく、一人でゆっくりと海王星の魚座回帰を祝福してきた。おかえりなさい、海王星。
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